18世紀半ばに発生した産業革命によって、世界トップの産業大国として世界にその名を轟かせたイギリス。
その技術力を生かして、かなり早い段階から自動車産業を発展させてきたこともあって、イギリスには自動車メーカーが雨後の筍のように大量に設立されました。
日本人にとっても馴染みの深い有名なメーカーとしては、MGやローバー、ロールスロイスにベントレー、ジャガー、アストンマーチン、ロータスといったものが挙げられるでしょうが、中にはそこまで有名にはならずに終わったメーカーも数知れず…。
というわけで本日の『くるぱくのくるまたち』では、日本人にとってはあまり馴染みのない英国メーカーの旧車をご紹介したいと思います。
そのメーカーというのは…モーガン・ライレー・サンビーム・ジェンセンの4つ。
さて皆さん、これらの名前を聞いてどんなクルマが思い浮かびましたか…?
モーガン エアロ スリーホイラー
1930年式
日本自動車博物館にて 2013年8月14日撮影
まずはモーガンというメーカーのクルマから。
モーガンは先述した4つの中では現在もメーカー名として使われているものですし、トミカとしてプラス8がモデル化されているということで、今回紹介するメーカー/ブランドの中では最も日本人に対する知名度が高いといえるかも知れません。
こちらのモーガン車はエアロ・スリーホイラーという名前で、その名の通り前輪2輪後輪1輪の三輪自動車です。
何故三輪なのかというと、かつてのイギリスでは三輪自動車はバイク免許でも乗ることが出来る他、四輪車よりも税金が安く済むようになっており、手軽に購入できて手頃に維持できるスポーツカーとしてのヒットを狙ったためと言われています。
イギリスのコメディ番組;ミスタービーンでも、横転させられて笑いのタネになっている三輪車(リライアント・リーガル)がよく登場することからも分かるように、イギリスではそういった法律のおかげで三輪自動車の文化が日本よりも長く続いて発展したということがこのクルマからも垣間見ることが出来ますね。
調べてみて分かったのですが、なんと現在でも、これとほとんど同じデザインでリメイクしたものをモーガン社が製造し、販売しているそうなのです!
もしこのクルマにガッツリ惹かれたという方は、ご購入されてみては??
ライレー 2.5L サルーン(RMF)
1953年式
日本自動車博物館にて 2013年8月14日撮影
お次はライレー。
ライレーは自動車メーカーとしては消滅してしまい、ブランドもローバーに吸収されてしまいましたが、そのローバーグループを買収したBMWが、一応ライレーをブランド商標として保有はしているようです。
BMWがローバーグループを買収したことに伴って、ミニはやはりその知名度と人気の高さからBMWのいちブランドとして復活しましたが、ライレーは果たして…。
やはり復活する可能性は皆無か…?
しかし、商標がまだ保有されている以上、ゼロではないというのがロマンのある話です。
それはさておき、こちらのクルマですが、ライレーが製造していたエグゼクティブレンジを担う高級サルーン;RMシリーズの晩年に登場したRMF型です。
排気量が2.5Lであったことから、2 1/2(2と2分の1の帯分数)Lという名称で販売されていたようですが、分かりにくいため車両情報の項目には2.5Lと表記しています。
ほぼ同じデザインで1.5Lエンジンを搭載するRMEというモデルもあったようですが、外見での見分け方はワカリマセン。レジュメのおかげで車種が特定できたようなものです。
レジュメというと、ナンバープレートに表記されている年式とレジュメに印刷されている年式が異なっていたのですが、もしナンバープレート通りの年式だとRMFが存在しない年になってしまうため、レジュメの車両表記と年式表記がどちらも一致している2.5Lの1953年式としましたが、果たしてそれでいいのかは知識不足の僕にはよく分かりません汗
…ま、まあ、細かいことは忘れて、このクラシックカーの美しく格調高いデザインを楽しもうじゃありませんか!!汗
ルーツ サンビーム・アルパイン
1965年式
日本自動車博物館にて 2013年8月14日撮影
どんどんいきましょう。
こちらはサンビームというブランドのクルマです。
サンビーム、日本語で太陽光線…凄い名前のブランドですが、なぜこのような名前にしたのでしょうかね?
自動車らしからぬ雰囲気のブランド名なので、僕は割と好きだったりしますけど笑
このアルパインというクルマが登場した時のサンビームは、トヨタのレクサスのように単なるブランド名でありましたが、元々はいち自動車メーカーであり、自転車製造会社だった時代まで遡ると1877年頃からサンビームというメーカーは存在しておりました。
しかし、第一次世界大戦が終結したのち、フランスのダラックという自動車メーカーに買収され、サンビームは独立したメーカーではなくなりました。
サンビーム激動の時代はまだまだ続きます。1929年に世界恐慌が起こると、ダラック社も例に漏れず大打撃を受けてしまい破産。そして1935年にルーツという自動車会社に吸収され、サンビームはルーツ自動車の一ブランドとして再出発することになりました。
そんなルーツも、1964年にクライスラーに買収されてしまい(ただし、社名は1970年まではルーツのまま)、またしても入った傘の種類が変わってしまうサンビームでしたが、一応ブランド名としての名前は残り続け、1976年までは生き延びることができました。しかし、晩年の扱いは小さなもので、1976年を最後にサンビームブランドは消滅。
最終的にはブランド名ではなく、いちクライスラー車の車名としてひっそりとその最期を迎えることになりました。
…サンビームというブランドについての解説がついつい長くなってしまいましたが、このアルパインというスポーツカーは、実はこのブログで2台も草ヒロとして登場していることを思い出したという読者様はいらっしゃるでしょうか?
せっかくなので、草ヒロ成分補給の意味も込めてここで写真を再公開!
撮影日:2013年4月29日
紹介日:2017年3月28日
それがこちら。
ヘッドライトやウインカーは欠落し、変わり果てた姿となっていますが、くるぱくに展示されているサンビーム・アルパインと同じクルマであることはお分かりいただけることでしょう!
そしてもう一台のアルパインというのが…
撮影日:2013年4月29日
紹介日:2017年3月14日
コチラ!
大学入試による長期更新休止期間が終了し、大連載計画再開一発目に紹介された草ヒロ……の次に紹介された、記念すべき(?)個体です。
リアはこのようになってます…ってことで、こちらの方を後にお見せしました。
先ほどの個体のすぐ近くに放置されていたものなので、サンビーム・アルパインなどというレア車であることも考えると、オーナーさんは同一人物と思われます。
ちなみに隣にいるクルマも車種は違いますがサンビームブランドのクルマです。レイピアくんです。
アルパインについて調べている内に新たに知ったことをメモ代わりに書き留めておきますが、実はサンビーム・アルパインには、サンビーム・タイガーという名前の双子同然の兄弟車が存在していたらしいのです。
シェルビーの手によってカスタマイズされ、小さなアルパインにドデカいV8エンジンを搭載した、なんともアメリカンで豪快さのあるクルマがサンビーム・タイガーだそう。…まあ、生産はルーツが行ったので、アメリカンと言ってもイギリス車ということに変わりはありませんが。
エンブレムやサイドモールが外見上での見分けるポイントのようですが、ぱっと見はアルパインとほとんど一緒なので、エンブレムやモールが外されてしまえばアルパインとの区別はつかないか…?
それら以外にも外見上で見分ける方法がないか知りたいところですが、誰かご存知の方はいらっしゃらないでしょうか?
ジェンセン ヒーレー
1973年式
日本自動車博物館にて 2013年8月14日撮影
話が逸れにそれ、残り一台残っていたことをすっかり忘れていたという読者様もいらっしゃるかもしれませんが、今回の記事のクルマはこれが最後です。
最後のメーカーは…ジェンセン!
レースゲーム;グランツーリスモ4やグランツーリスモ5を遊んだことがあるという方はもしかしたらご存知かもしれません。インターセプターという名前のジェンセン車が収録されているからです。
くるぱくに展示されていたジェンセン車はインターセプターではなく、ヒーレーという、なんだかどっかで聞いたことのあるような名前のクルマです。
…そう、同じくイギリスの自動車メーカーであるBMCが所有するブランドの一つで、スプライトや100などといったあのひょうきん顔の可愛らしいスポーツカーばかりを販売していた、オースチン・ヒーレーと全く同じ名前を名乗っているのです!
これは偶然ではなく、意図的なもの。調べてみたところ、これがなかなか面白いお話だったので、ここでご説明しましょう。
まず、このクルマの誕生には、アメリカの自動車販売業者を創設したジェル・クヴェールという人物が深く関わっています。
彼の会社では、オースチン・ヒーレーブランドのクルマを主に輸入販売しており、オースチン・ヒーレーはイギリスだけでなくアメリカでも大きくヒットをかましており、事業は大成功。クヴェールの稼ぎ頭になっておりました。
しかし、ひょんなことからオースチン・ヒーレーの生産をBMCが辞めてしまうとの情報を聞きつけ、これに焦ったクヴェールは、オースチン・ヒーレーのようなクルマを自分の手で作りたい…!…と思うようになり、ジェンセン社の株を保有していたこともあって、ジェンセン社にオースチン・ヒーレーに変わるスポーツカーの開発を委託することにしたそうです。
そんなこんなで出来上がった渾身の一台がジェンセン・ヒーレー。
オースチン・ヒーレーの各車ほど特徴的なデザインではないものの、真面目な設計で作り上げ、その性能の高さも売りとなり、このクルマは生産台数1万台を超す程度のヒットをかましました。
今回は以上になります!
最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました!