先週の土曜日に更新した“化学”に関する記事にて、『知っておきたい有機反応100』に掲載されている有機化学反応について書くシリーズを展開していくという旨を書きましたが、本日より始動するのがそのことに関するシリーズでございます。
その名も、『有機化学反応まとめ』シリーズ!
早速スタートです!
有機化学の反応には色々な種類がある。
例えば高校の有機化学で学習するものであれば、置換反応・付加反応・脱離反応、といったものがあるが、今回は置換反応についてクローズアップする。
高校レベルでは有機化学反応を電子の移動で考えないため、単なる暗記のような具合で学習することになるが、実際は、物質間で電子の移動が起こっているために化学反応が起きていると考えられているため、その仕組み(機構)を知れば何が反応して何ができるということを丸暗記する必要はなくなる。
高校では“置換反応”と一括りにされていた反応も、その機構によって求核置換反応と求電子置換反応に分けられる。
今回取り上げるのは、求核置換反応だ。
更に言うと、求核置換反応の中でも、SN1反応/SN2反応/SNi反応の3種に分けられるのだが、今回はそこまで細かいものは取り扱わず、求核置換反応全体について書き留めておく。
No.001 求核置換反応 [全体]
(時間がなくて反応機構図を描くことが出来なかったのが残念であるが、いずれ機会を見て図を追加しようと考えている。)
★概要★
炭素骨格と脱離基からなる基質が求核試薬によって攻撃され、脱離基と求核試薬が置き換わる、置換反応の一種。
求核置換反応は、数多くの有機化学反応の中でも最も研究が進められている反応のひとつで、様々な物質がこの反応を起こすことが出来る。反応機構も複雑なものでもなく、理論も単純明快であるため、初学者や新米研究者にもおススメの反応だ。
★反応機構★
求核置換反応が、“脱離基と求核試薬が置き換わる反応”だと一口に言っても、その置換方法は2種類ある。
① 求核試薬Nu-と基質の炭素骨格Cとの間に結合が形成、それと同時に基質の炭素骨格Cと脱離基L間の結合が開裂し、脱離基Lが脱離する。
② 最初に基質の炭素骨格と脱離基間の結合が開裂。その後、脱離基が無くなったことによってカルボカチオンへと変化した基質に求核試薬が攻撃し、基質の炭素骨格と求核試薬との間に結合が形成される
①は結合の形成と脱離基の脱離が同時に起こるもので、特にSN2反応と呼ばれる。
②は、脱離基がまず脱離し、一呼吸おいてから求核試薬と結合を形成するというもので、特にSN1反応と呼ばれる。
…とここまで書くと、②の逆Ver.とも言える、求核試薬と結合を形成してから、脱離基が脱離する反応もあるのではないかと考えた方もいらっしゃるかもしれない。
かなりいい着眼点であるが、残念ながらそのような反応は起こらないのである。
その理由について解説していこう。
結合を形成してから脱離基が脱離してしまうと、結合形成→脱離の間に、炭素原子の結合が5本形成されることになってしまう。
1本の結合には電子が2つ使われているため、結合が5本あると電子が10個存在することになり、最外殻電子は8電子という“オクテット則”というルールに反することになってしまうため、そのような状況はあり得ないのである。
①のように、結合形成→脱離が同時に起きることは問題ない。
求核置換反応を引き起こす際に必要となる求核試薬は、様々な種類がある。
そして、脱離基にも性能の差というものがあり、良い脱離基は求核置換反応を起こしやすく、性能が低い脱離基が付いていると、いくら良い求核試薬を使ったとしても反応が起こりにくくなってしまう。
求核試薬の種類や脱離基の種類と性能については、後程解説する。
★関連語句★
求電子置換反応、脱離反応、SN1反応、SN2反応、SNi反応、Walden転位
★専門用語★(記載順)
有機化学:有機化合物を主に研究する学問。
置換反応:基質内に存在する化学種が、別の化学種に置き換わる反応。
付加反応:基質に化学種が結合するだけの反応。その性質上、不飽和化合物にしか起こらない。
脱離反応:付加反応の逆反応。基質から原子ないし原子団が脱離し、二重結合や三重結合を形成する。
電子:素粒子の一種であり、負電荷を帯びている。有機化合物を形成している原子の構成要素の一つであり、結合を形成したり開裂したりする際は電子が移動しているため、有機化学の反応機構を解析する上では電子の移動を考慮することが最も重要となる。
炭素骨格:炭素を基本とする化合物の骨格。
脱離基:脱離する基。
基質:化学反応を起こす物質のうち、基本構造が大きく変化しない物質。
求核試薬:電子が豊富に存在し、電子不足の物質に攻撃しやすい試薬。
攻撃:電子豊富な化学種が電子不足な化学種へ向かっていき、結合を作ろうとすること。
開裂:結合がちぎれること。結合を形成している2つの電子が均等に分かれる(1と1)か、不均等に分かれる(2と0)かによって、反応の種類が変わる。前者をホモリシス、後者をヘテロリシスと呼ぶ。
脱離:化合物内の結合が開裂し、基質と原子もしくは原子団が分かれること。
カルボカチオン:電子不足の状態に陥り、正電荷を帯びた炭素を有する化合物。
最外殻電子:原子の最も外側の殻に配置されている電子。
オクテット則:最外殻電子の個数が8個の状態が、多くの化学種にとって最も安定であると考えられている経験則。
※ここでの赤文字は、専門用語解説で新たに出てきた未解説の専門用語。
★参考文献★
1) 日本薬学会 編、知っておきたい有機反応100 第2版、東京化学同人、2019、pp.24,25
2) John McMurry 著, 伊東椒, 児玉三明 他 3名 訳、マクマリー有機化学(上) 第9版、東京化学同人、2017、pp.350-353